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坂戸パソボラ2003年レポート

全国障害者問題研究会(全障研)37回全国大会
「パソコン・情報アクセス分科会」発表レポート

2003年8月2日 登録


坂戸パソボラ、去年の課題と来年への宿題

坂戸パソコンボランティア 岩渕正樹 

 1999年に誕生して以来、毎年レポートしている「坂戸パソコンボランティア」の追跡レポートです。去年のレポートで課題として掲げたことを振り返ると共に、今後に向けての新たな課題を模索する機会としたいと思います。模索だけに、かなりの試行錯誤となるかもしれませんが、ともかくつづってみます。

1.参加して良かったなぁと思える例会づくり

 「話し合いに終始するだけの例会では参加してもあまり楽しくありません。楽しさを感じるからこそ参加したくなるのです。参加して良かったなぁと思える例会づくりが来年に向けての課題です」と昨年のレポートで掲げたわけですが、例会の議題を提案するにあたって心掛けたのは、参加者が一言も話すことなく帰してしまうことのないよう、最初にそれぞれに近況報告を語ってもらうこと。そして、例会で決めなくてはならないことの話し合いはするけれど、話し合い以外の今月の目玉を用意することです。

 よくある情報の共有としては、「あとはメーリングリストで流しますから見てください」ですが、それだとわざわざ例会を開催する意味がありません。やはり、例会ならではのものでないと、例会で行なう意味もありません。

 そこで、坂戸パソボラ例会では、「今月スペシャル」として、例会の中で皆で体験することで共感を(できれば感動を共有できた感覚を)例会参加のお土産に持ち帰ることができるようなものの準備を心掛けました。そうは言っても、そのたびごとに感動的なものになるかどうかは別ですが、それでも、先月も今月も話し合いに継ぐ話し合い(ウンザリ)からは、少しは脱け出せたのではないかと思っています。

2.例会以外の交流の場も

 去年から会員の中で自然発生的にスタートした「デジカメミニ勉強会」。「デジカメ」を冠していますが、撮影した画像はパソコンにつないで保存し加工しWeb上に発表しますので、そこからパソコン自体のお勉強の場にもなっています。今年からホームページ勉強会も始まりました。

 また、去年から名称を変えて再スタートした「パソボラ入門勉強会」ですが、今年は特定の講師を立て受講生として拝聴するという形ではなく、参加者が先導役を務め合う形に成長することができました。去年の再スタート時から踏み出すことのできたオープン参加も継続です。

3.運営や手続きの標準化

 メーリングリストや例会などで提案されたことが、論議の収束を見ないまま何時の間にか拡散していく状況が続いておりましたので、今年度は、主に標準化を担当する副代表を設けました。依頼のあったサポートがウヤムヤになってしまわないように追跡し最後まで見届けるのと同様に、パソボラ内のことについても一定の結論を得るまで追跡を続けるということです。また、会としての未決事項や質問が代表に集中するという「代表頼り」(の弊害)からの脱却も踏まえての標準化の推進です。

 始まったばかりの試行錯誤の中にありますので、まだ軌道に乗った状態には至っておりませんが、仕事や他のボランティアや各人の様々の事情を抱えながらパソボラに参加しているわけですから、「会の中で論議したことが1つでも2つでも形となって動き出せばそれだけでも十分」といったくらいの気負わない、無理しないの中で進めていきたいと思います。それが、標準化担当副代表を設けるにあたっての前提でもあります。

4.メーリングリストの整理統合

 ある時期、1日に何十通のメール(多いときには60数通ものメール)が配信され続けたことで、必要な情報が埋もれてしまわないようにと、課題ごとのメーリングリストの設置となりました。しかし、設立当初から参加している会員であっても(あの櫻井さんですらも)、メーリングリストの使い分けが出来ているとは言えない状態が続いており、2003年度の総会を期して、休眠状態のメーリングリストを整理統合すると共に、例会を通じてそれぞれのメーリングリストの性格付けの周知を図っています。

 それでもまだまだ「よく分からないんですが…」が聞こえてきますので、例会などで(意識的に)補足を続けています。

5.チームの見直しから思わぬ波紋…

 昨年度の坂戸パソボラ総会でチームについても整理統合し再編したわけですが、この再編を内心では納得していなかった人もいたようで、今年度の総会を迎えるにあたっては「あれは決まったことだったのか」といった蒸し返しがありました。

 これはメーリングリストについても同様で、特に坂戸パソボラの対外的窓口である sakado-info@ml.psv.org については、それぞれの部門の担当者やチームの世話人に配信されることになったのですが、メールを受け取ることがあたかも既得権のような発言が、世話人(やチームへの参加)を固辞した人の周辺から聞こえてくるなど、理解に苦しむものでした。

 これについては、「来年度の担当者と世話人のみの配信とする。でよいと思います。infoMLに参加したい方は担当者か世話人になればいいことです」との発言で実にスッキリまとまったんですが、そのことからきたギクシャクが未だに残っています。

 総会では、世話人の継続も含めてあらためて選出し、会員に対しても、あらためてのチーム参加を呼びかけました。名前だけのチームメンバー(幽霊メンバー)としないためです。また、メーリングリストについても、その年度の参加者に対して配信することを原則とし、該当する部署に参加していない人については(当たり前のこととして)今年度の配信リストから外しました。

 チームや勉強会のメンバーや世話人を再募集するにあたっては参加継続の呼びかけを行なったのはもちろんだったんですが、世話人としてチームを先導してほしいとの推薦については「辞退」を続けながら、「世話人から外された」との発言が聞こえてくるのは残念なことです。

 また、坂戸パソボラが主催する講座を担当するチームの打ち合わせの議事録を公開せよ!まではまだしも、コレが足りない!アレはどーした?との指摘はするが、講座実行委員会へは参加しないことを公言し、講座のサポーターとして参加してほしいとの呼びかけには反応しない人が指摘だけは続けているのも残念なことです。

6.代表をバトンタッチしたいけれど…

 一昨年、そして去年のレポートで予告していた代表の交代ですが、今回も叶いませんでした。今年度の総会で「来年度の交代」を条件に引き受けた代表ではありますが、このレポートでは来年度についての予告は止めておきます。

 坂戸パソボラの代表になるということは、どういうことなのでしょう。外部提出用の書類書きといった慣れない実務に加えて、担当者の選出に至らなかった対外的役割については「代表の責任」で出席しなくてはならないという現状があります。代表が出席しなければならないと決まっているわけではありませんが、坂戸パソボラとして招集されている会議に対し誰も決まらなかったら坂戸パソボラからは欠席でいいの?ということになります。

 それに加えて代表には、会員からパソボラの活動に関する相談ごとがメーリングリストを通じてだけではなく、直送メールでも電話でもやってきます。パソボラとしての活動もそうですが、パソコンに関する緊急ヘルプ!もあります。

 会員からの相談だけなら「代表なんだから…」と思えないこともありませんが、市役所の社協窓口に置いてある「ボランティア募集のチラシ」に名前と電話番号が載っていることで、坂戸パソボラがサポートの対象としていない人々からのパソコン相談が舞い込んできます。そりゃトラブルでニッチもサッチもいかないんでしょうから「藁をも掴む」でダメ元でもと電話したいのは分かるのですが、電話をされるほうはたまったものではありません。昨日など会員カードの売り込み電話がありまして、「どこで番号を知ったのか?」と尋ねると、これまた市役所のチラシからでした。

 といった状況が“坂戸パソボラの代表を引き受けるということ”の現状である以上、代表を引き受けるということは昼夜を問わず電話がかかってくるかもしれないこと。相談もセールスも舞い込んでくるかもしれないということを、説明し納得してもらった上でないと、代表交代で厄介払いということになってしまいます。

 現状では、誰でも引き受けられる代表では無いと思います。このレポートを読んでしまった坂戸パソボラ会員の皆さんの中で、それでも代表を引き受けてくださいるという勇気(?)ある人の登場を、、、期待するしかないのでしょうか。私はそういう勇気(?)の持ち合わせはありませんので、人に対してそういった勇気(?)を求めるなんてできません。従って、代表交代に関する勇気いっぱいな予告も、ますますもってできなくなってしまいました。

 売り込み方面のシャットアウトについては市役所に並べてあるチラシに個人情報は載せないようにすることで対応可能かな、と書きながら思います。サポート依頼同様に、ボランティアグループとしてのパソボラ参加についても代表への直接問い合わせではなく一旦社協に電話番号を聞くようにすることで、サポート対象外の人々からの“無料でパソコンを教えてくれるボランティア”な勘違い電話を減らせるかな…と、これまた書きながら思います。

 と、売り込み電話や勘違い電話については、こうして書きながらでも対策を思い浮かべることができるのですが、会員の極一部からではあっても(自分は参加しないことを前提とした)発言が続いていることについてはどう対応すればいいのかが、目下の所どころか去年から続いている悩み(のひとつ)です。

 こういう状態では無責任に代表バトンタッチなんてできないなぁ…ではありますが、私が代表で無くなったら、30年前に(今でいう)ボランティア(のはしり)をしていたというプライドや、以前参加していたボランティアグループとの比較や、それまで培ってきたその人なりの人生観やボランティア観、パソコンについては(会の中で一番)よく知っているという自負から来る「コレが足りない!アレはどーした?との指摘」は(案外)減って、会の一員として協力的に参加するようになるのかもしれません。

 このあたりは代表を交代してからでないと実際のところは判りませんが、「私が代表で無くなれば会の活動への(口だけではない)参加をするようになりますか?」との確認を求めてから交代するというのも変な話ですものね。

 考えてみると、坂戸バソボラがスタートしてからの全てが順調だったわけではなく、会員の中からの「コレが足りない!アレはどーした?との指摘」も今に始まったことではありません。しかし、そういった指摘に対しては、それがどんなに聞くに耐えない指弾で満ちたものであれ、その中から汲み取るべきプラス面(教訓)を見いだし(昇華させ)て会員に提示することを(結果はともかく)心掛けてきたものでした。

 しかし、特にこの1年の生活面での激変(端的に言うと就業先消滅による失業)の中で、相手の言い分にじっくり付き合い続けるだけの精神的余裕も時間的余裕も無くなっていたのでしょうか。以前は何度も何度もメーリングリストで、あるいは直送でやってくる「ご指摘メール」への返信が出せましたし直接会って話も聞くこともあったのに、激変の中で前より応じることができなくなったことが「コレが足りない!アレはどーした?との指摘」や参加しないという意固地な態度表明につながっているのかもしれません。「代表の偉いところは何度でもじっくり話を聞いてくれることだ(それに引き換え他の人は会ってくれないしメールの返事もくれない)」と私を出汁(だし)にしながらの(私以外の他の)人への批判も耳にします。

 ということは逆に言うと、前は「何度でもじっくり話を聞いて」くれたのにそうではなくなった。会ってくれたしメールの返事もくれたのにそうではなくなったことで、ますます燻らせているのかもしれません。自分以外の相手の状況が変化するものであることを受け入れることができない人なのかもしれません。相手をしてくれる人、甘える相手を求めている(ある意味ではちょっと)可哀相な人なのかもしれません。

 ところで、私の愛読誌「みんなのねがい」に全障研全国委員長である茂木俊彦氏の「みんなで創る発達保障」が連載されておりまして、2003年5月号は「共感=感受性と想像力をはぐくむ」でした。もちろん、茂木氏が述べていることと今回のケースとをストレートに結びつけることはできませんが、それでも、その人がそうした行動をとっていることを問題視するだけではなく、その人は何故そのような行動をするのか(何故せざるを得ないのか)を(会の活動や代表である私を振り返って自戒しつつ)相手の身になって(共感的に)想像してみることも必要だったのかな…と(ゑっ、今ごろ?と言われるかもしれませんが)すこーし思います(思ったからこそ、前の2段落を挿入しました)

 「人間とは(生涯を通じて)発達し続けるものである」という人間の可能性に対する(信頼と)肯定が前提でなければ(ボランティアでなんて)やってられませんよね。そして、そうであるなら大人であっても発達途上。一連の出来事においても発達途上の人間が引き起こした「『問題行動』の中に発達要求を見る(読み取る)」ことが求められているのだ…と思うことにしました。

 今回のレポートは、「坂戸パソボラ、去年の課題と来年への宿題」と銘打っているにしては何だか愚痴めいたものになってしまいましたが、そこは私も発達途上。坂戸パソボラも発達途上。ここでも「『問題行動』の中に発達要求を見る(読み取る)」ことが求められておりますので、「共感=感受性と想像力」を携えての助言を示していただければ幸いです。それでは皆様、また来年お目にかかりましょう。

以上 


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